2010年10月19日

珊瑚事件ふたたび(その2)

(前項の続き)

それ関係のメッセージ。
Vol. 325 朝日新聞「患者が出血」報道を患者目線で考える
-----(ここから引用)-----
卵巣がん体験者の会スマイリー
代表 片木美穂
2010年10月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

【はじめに】

 2010年10月15日、この日は厚生労働省にて中央社会保険医療協議会(中医協)の総会が開催され、ドラッグ・ラグ解消のための議題があるという期待を胸に傍聴する予定でした。ドラッグ・ラグでも特に適応外医薬品の問題で苦しむ私たち患者の切実な声に耳を傾けてくださった嘉山孝正先生(国立がん研究センター理事長)が中医協の場で適応外医薬品の保険適用を提案してくださったことがきっかけで、これまで議論が積み重ねられてきました。中医協での議論をしっかり私たち患者も傍聴し、理解を示してくださった嘉山先生はじめ委員の先生方を応援しなくてどうする!という気持ちで時間が許す限り中医協傍聴に足を運んでおり、この日ももちろんその予定でいました。

 早朝、家を出る直前に電話が鳴りました。中医協を傍聴するためには傍聴者の列に並ばなければならないため、早く向かわないとと焦る気持ちを抑えつつ受話器を取ると、「ペプチドワクチンで出血するらしいです!どうしたらいいでしょうか!」とかなり動揺している卵巣がん患者さんの声が聞こえてきました。患者さんの説明では朝日新聞の一面を見て驚いたということです。卵巣がんでも「がん治療ワクチン」の臨床試験が行われており、さまざまな背景からこの試験に参加している患者さんがいます。患者さんの動揺を考えると看過することはできません。中医協の傍聴をあきらめることにしました。

【朝日新聞を読んで】

 さっそく朝日新聞を手に取りました。1面に書かれた見出しの「臨床試験中の癌治療ワクチン」「患者が“出血”伝えず」という文字が目に飛び込んできました。「医療事故」か、はたまた「隠ぺい」か…重い気持ちで記事を読みすすめました。1面を読み、39面の関連記事を読みました。私の頭には「?????」しか浮かびませんでした。衝撃の見出しに反して何をいわんとしているのか、何が悪いのかわからないのです。何度も繰り返し目を通しました。

 患者にとって「臨床試験」という言葉はあまりいいイメージではありません。以前、患者さんに対して電話アンケートを取ったときに「臨床試験」の印象を尋ねたらとてもネガティブな印象の言葉が返ってきたことがあります。この印象は本当に臨床試験が患者のためにネガティブなものであるからではなく、正しく患者が臨床試験を知らない結果でした。実際に同じ電話アンケートでJGOG3016やJGOG3017(ともに婦人科腫瘍悪性化学療法研究機構が行った大規模な卵巣がんに対する臨床試験)に参加した患者さんに話を聞くと臨床試験のイメージは「参加する前」と「参加した後」では大きく違っていました。

 私が今回の朝日新聞の記事を読んだ時に最初に感じた印象は、このような表現の仕方が正しいのかはわかりませんが、先日起きた大阪地検特捜部検事が証拠品のフロッピーディスクを改ざんし、組織ぐるみで悪さをしているのではと大きく報道され検察のイメージダウンが起きた事件の記事を読んだのと同じ印象でした。ペプチドワクチンの臨床試験をめぐって医師および東京大学医科学研究所(医科研)が「出血」の事実を隠して患者を危険にさらしているような印象を感じたのです。確かに私は無知であり読解力がないからそのように感じたのかもしれませんが、朝日新聞のブランドと1面を飾る強烈なタイトルは「がん治療ワクチン」や「臨床試験」という言葉があまり患者にとってなじみがないだけに誤解を生みだし、そのすべてを否定するもととられかねないな…と感じました。その不安を一層掻き立てるようにテレビのストレートニュースなどではこの件が事件のように医科研の建物の映像とともに流れ始め、それを見た複数の患者さんから不安を口にする電話がかかってきました。

【患者目線で情報整理する】

 この臨床試験は医科研が単独で2年ほど前にすい臓がん患者さんに対して行ったものです。もちろん倫理審査委員会を通過しています。その試験に参加した進行すい臓がん患者さんが出血をしたということです。その報告を、同じペプチドを使って多施設で臨床試験が行われているのにそれらの施設に報告していなかったことが問題視されています。

 ●ポイント1:「出血」について

 がん細胞が消化器で発生し、治療(臨床試験)を受けたにも関わらず出血したということを聞くと、単純に「治療が患者さんに奏功しなかったために、がんが広がって消化器から出血したのかしら…」と思います。朝日新聞で報道された日に、医科研が出した声明文を入手しましたが、「消化管出血はすい臓がんにおいては少なからず起こりうることとして臨床医の間では常識となっております。」と記載されており、がん治療ワクチンが原因の特殊な事例ではないのではと感じます。
 残念ながら、がんになったとき、今の医療では「これをやれば100%助かる」という治療法は存在せず、抗がん剤治療を受けても奏功しないケースも少なくありません。今回のすい臓がん患者さんのケースも、進行すい臓がん患者さんであったことを考えると、出血=がんワクチンの副作用と因果関係をすぐに結びつけるのには危険だと思います。もちろん朝日新聞の記事においても「有害事象」としてかかれており副作用とは書いていません。しかし患者さんは「有害事象」と聞くと「副作用」と誤解してしまい不安に思うだろうなと感じました。

 ●ポイント2:「報告の義務」について

 朝日新聞の記事では、医科研のペプチドを管理している医師が、「出血の事例」を他の施設に対して報告することが必要だったのに怠ったような印象を与えてきます。しかしよく記事を読みこむとこの臨床試験は医科研単独での臨床試験でありプロトコールも患者同意説明書も多施設が共同でやっているものとは違います。08年当時の指針では有害事象の報告義務はなく、「報告義務違反」はないと医科研が回答しています。
 また他の施設の医師の意見が掲載されていますが、この医師は実際にがん患者さんに対して同じがん治療ワクチンの臨床試験を行っている医師なのでしょうか。その辺も記事には明確に書かれていません。よくテレビ番組などで医療機関へのアンケートのようなものが発信されていることがありますが、顔が見えない回答ではその医師がどれだけがん治療ワクチンのことにかかわっているのかがわかりません。医科研での出血事例以前に、和歌山で行われた治験で既に消化管からの出血事例が発生しており、そのことが研究者の会合でも報告されている事実があるにもかかわらず15日の朝日新聞ではふれられておらず、この医師の発言はとても違和感を覚えます。(16日の朝日新聞で和歌山の事例について触れられました。)

 ●ポイント3:「責任所在」について

 今回の記事で一番頭がこんがらがったのが「誰の責任」か、という責任所在の問題です。記事を1度読んだだけでは、記事で名指しされている医師がペプチドの責任を持ち、有害な事柄を隠していたように受け止めてしまいます。治験に使用したがん治療ワクチンは名指しされた医師が開発したものでもなく、特許権を保有するものでもないことは医科研が発表した声明文からわかります。記事の中で医師が責任者で出血を報告する義務があったように書かれたことは朝日新聞の飛躍ではなかろうかと思わずにはいられません。単純なことですが、治験の責任者は治験を統括する医師であるはずですし、今回の件は当時の指針では報告の義務はなかったと言われています。もちろん、人道的な話としてそのような情報を共有したほうがよかったのではという話であれば、共有されるほうが絶対にいいと思いますが、このようなかたちで特定の医師を名指しでするはなしではないように感じますし、朝日新聞の報道のありかたもある意味人道的な話としてどうかと問われるのではないでしょうか。

 ●ポイント4:混合診療批判

 15日の医科研の声明文と毅然とした記者会見が功を奏したのか、夕方から夜にかけてこの件を追求するメディアでのトーンはどんどんと落ちてきました。翌10月16日の朝日新聞の記事では旗色を悪く感じたのか今度は無署名の記事で「混合診療」批判が始まりました。医科研は患者に対してワクチンに関連する請求はおこなっていません。ワクチンに関連するお金は研究費(バイオベンチャーの特許収入。特許は東大がもっており一部が東大本部から医科研に入る)です。15日に医科研が行った記者会見でこれを混合診療だという追及もあったようですが、これを混合診療としてしまうと日本の臨床試験は止まってしまいます。

 婦人科がんで現在行われている臨床試験でも、適応外の医薬品を用いることがあり、それに関しては研究費で賄ったり、製薬企業の協力のもと薬剤提供をいただき行っています。患者さんは保険診療分のみの負担です。これをいわゆる一般的に言われる混合診療とごっちゃにされたらたまったものではありません。臨床試験は治験につなげるための有用性を図るものもあります。もちろん臨床試験と治験の2重試験を行わずにすむならばそれがよいのかもしれませんが、混合診療とこれがされるならば承認を得てからしか臨床試験は行えなくなりドラッグ・ラグは今まで以上に悪化するでしょう。朝日新聞はむしろ、臨床試験が医師や企業の努力の元なんとか少ない費用を切り詰め行われている現状を世に訴え、ドラッグ・ラグ解消のために、日本初の創薬のために臨床試験がよりよくなるために訴えてほしいと患者として願わずにはいられない残念な報道でした。

 ●ポイント5:患者さんが見えない報道

 今回の「出血報道」は、いわゆる従来の「患者の同意説明が足りなかった」とか「倫理に違反するような人体実験並みの試験が行われた」という患者の訴えではないことポイントです。つまり今回、出血をされた患者さんがどうなっているか報道ではわかりません。医科研の声明文では、この患者さんは適切に消化管出血に対する治療を受けられ入院期間が少し延長したモノの無事に回復された旨がかかれています。出血による入院期間が延びたことは確かに患者にとってはたいへん有害な事象でありますが、きちんとした報告がなされて、その後、プロトコールなどにも盛り込まれて対処されていることが丁寧に説明されています。そういったことが報道ではみえなかったため「出血」という非常に患者がネガティブに受け取る言葉が先走ってしまったのではないかと思います。実際残念なことにtwitterでは、衝撃なタイトルだけが先走り、医療者が「臨床試験の倫理の根幹を揺るがす大きな問題だ」などと発言をして患者に揺さぶりをかけています。しかし、朝日新聞の報道をしっかり読みとり、医科研の声明も読むと、「道義的責任として報告したほうがよかったのでは?」ということだけなのに強い見出し文が衝撃と共に独り歩きしたことが分かるのではないでしょうか。実際、私のような患者は新聞の小さな文字を解説などをしている細部にまでわたって読み込むことはあまりなく、見出しで興味があるものだけ読むのです。

【がん患者の視点から“どうしたらよかった”のか】

 では、患者として今回の報道がどうあればよかったのかを整理したいと思います。
まず、今回の問題が、臨床試験に参加した患者さんが「不利益を被った」などと訴えているのであれば大問題です。しかし、今回の臨床試験は同意説明がなされ患者さんが納得のもと臨床試験に参加しているのではないでしょうか。そして残念なことにこの患者さんはがんの進行によるとおもわれる出血されたのではないでしょうか。膵臓がんは適応となっている抗がん剤が日本では「ティーエスワン」と「ゲムシタビン」だけというドラッグ・ラグが深刻ながん腫であり、患者さんのこの臨床試験に期待する気持ちを慮ると本当に胸が痛みます。

 現在、日本ではがん治療ワクチンに関しての臨床試験が活発に行われています。患者さんの中には既存の治療法の選択肢がもう残されていない方や、化学療法の副作用が強く出てしまったことから治療の継続が難しく、副作用が比較的少ないと言われているこの臨床試験に希望を持ち参加している方もおられるのではないでしょうか(もちろん臨床試験ですから参加基準に合致すればと言うのが条件でしょう)。
 もちろん、がん治療ワクチンが本当に患者さんにとって有用なのかということはまだわかりません。そして一般的に言われているように副作用が軽微なのかということもわかりません。本当に有用なのか、副作用がどうなのかということは、多くの患者さんが同意のうえ臨床試験に参加してくださることにより症例が積み重ねられ、分析され、エビデンスとして証明されることです。これまでも人体に投与する前の状況で「非常に期待される」とされながらも、いざ臨床試験がはじまると結果が出なかったり、期待外れだったという治療薬も少なくありません。今回のがん治療ワクチンだってそうなる可能性も十分あります。

 ただ、治療に苦慮する患者さんが藁にもすがる思いで、自費診療の名のもとに承認されていない治療を高額で患者におこなっているイチャモン免疫療法に飛びついている事情を考えると、多くの大学病院などが倫理審査委員会を通し、きちんとしたプロトコールのもと、患者の同意もしっかりとったうえで臨床試験が行われるがん治療ワクチンの臨床試験は、患者さんの負担は保険診療分のものだけでよいものもあり、きちんとデータが積み重ねられ、今回のように有害事象が起きた時にも適切に対処してもらえることから、多くの患者さんにとってはよいことのように感じていました。

 著名な医師がWEBサイトで微笑みかけ、名前を連ね、まことしやかな免疫神話を掲げて高額なイチャモン免疫療法を行っている医療機関の話を信じて、患者の中では「免疫神話」のようなものができつつあります。きちんとした臨床試験が行われ、この神話に白黒をつけてくれればありがたいなと個人的にも期待していました。今回の報道をきっかけに患者さんが臨床試験を否定的にうけとめ、イチャモン免疫療法に誘導される結果にならないことを願います。


 ただ、臨床試験に参加する患者目線で考えると参加する前にいいことも悪いことも“できうる限りの情報は欲しい“のは当然です。ですから、今回、医科研ですい臓がん患者さんが出血したという事例に関してはその事例に関する情報が「周知」されていれば、患者さんが臨床試験に参加するうえでの参考になると思います。また朝日新聞が臨床試験には国の指針があるだけで被験者保護に関してはまだ甘いように指摘しているように、確かに被験者保護の観点からすると、もっとしっかりした被験者保護が議論されることがあってほしいなと思っています。
 つまり、今回の報道が、がん治療ワクチンなど新しい臨床試験が活発になっている時代背景から、「これまでの日本の指針では、有害事象が起きた事例が必ずしも共有されていなかったことから、患者さんのためには、きちんとそういったものが情報共有され、被験者保護もしっかりおこなって安心して臨床試験に参加してもらえるような仕組みと環境作りが必要では」といった投げかけであれば、大変素晴らしい提言であり、患者のためになる話だったのではないかと思うのです。今回は特定の医師が悪者のように名指しされ、臨床試験やワクチンが危険なもののような衝撃が走ったことでせっかくの貴重な提言が無駄になってしまったのではと残念で仕方ありません。

【さいごに】

 私は医療資格をなにももっていない患者です。今回の提言は素人すぎて、読解力不足、理解不足も多々あるかもしれません。ただ、今回の記事が患者さんに与えた衝撃は大きく、患者さんのために勇気を振り絞って私なりの意見を書きました。

 臨床試験との付き合いは、ドラッグ・ラグのことを理解するために創薬の過程を知りたいと、ナース向けの臨床試験の勉強会に参加するようになりそれがご縁で、2008年12月より雑誌「クリニカルリサーチプロフェッショナルズ」にて「がん臨床試験と患者の視点~患者会の現場から~」を連載させていただくようになり現在も連載は続いています。この連載がご縁となり、多くの臨床試験に携わる勉強会で講演をさせていただきました。その際、「患者さんに臨床試験に安心して参加してもらうためにはどうしたらいいか」「臨床試験を知ってもらい正しく理解してもらうにはどうしたらいいか」など必死に考える現場の医師、ナース、CRCなどのみなさんと出会いました。
 現在、多くの患者さんが、さまざまな臨床試験に参加しています。現在、私たちが当たり前にうけている治療も、これまで多くの患者さんが臨床試験に参加してくださり、血を流してくださったデータの積み重ねによりエビデンスが積み上げられた結果なのです。
 今回の報道で「がん治療ワクチン」すべてが悪いように取られないように、そして「臨床試験」そのものが悪いように勘違いされないようにと願っています。


 そして、もしこの記事を読んでくださっている患者さんがいたら、今回の報道で不安になられているのは当然だと思います。どうか、不安を感じられている場合は、担当医師や担当CRCにその不安をお伝えください。そしていまいちど参加されている臨床試験に関して説明をうけ、同意説明書の内容もご確認ください。そして改めて納得したうえで臨床試験に参加してください。もしその時にどうしても不安がぬぐえないようでしたら臨床試験はいつでも参加を取り消すことが可能です。がんというだけで自分の将来はどうなるのだろう?家族はどうなるのだろう?という不安でいっぱいの毎日をお過ごしだと思います。そんなときに、このように心が乱される報道があったことは本当に患者さんにとってつらい出来事であったことと思います。でも、これを私たち患者も前向きにとらえてよりよい臨床試験が行われるように考えていきましょう。私も医療者ではありませんが、患者の立場からこれからも患者さんと一緒に臨床試験に関しても考えていけたらいいなと思っています。私の言っていることが正しいかどうかはわかりませんがこれからも患者さんと共にいろんな問題を患者目線で考え、情報発信できたらと願っています。誰も患者さんに不幸になってほしいと思っているわけではなく、少しでも良くなってほしい、がんを治したいと願い努力していることに変わりはないのですから。
-----(引用、終わり)-----

こういう冷静なかたばかりなら朝日の記事は線香花火で終わるのでしょうが、そうでないところが問題。
片木さんも書かれているように、多くの癌患者が「著名な医師がWEBサイトで微笑みかけ、名前を連ね、まことしやかな免疫神話を掲げて高額なイチャモン免疫療法を行っている医療機関の話」に飛びついている。さらにはあのホメオパシーのようなトンデモ療法にも。

最後に、朝日の攻撃対象に利用された東大医研からのメッセージ。
Vol. 327 朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事(2010年10月15日)に見られる事実の歪曲について
-----(ここから引用)-----
東京大学医科学研究所・教授 
清木元治
2010年10月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 2010年10月15日付朝日新聞の1面トップに、「『患者が出血』伝えず 東大医科研、提供先に」(東京版)との見出しで、当研究所で開発した「がんワクチン」に関して附属病院で行った臨床試験中、2008年、膵臓がんの患者さんに起きた消化管出血について、「『重篤な有害事象』と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった」と野呂雅之論説委員、出河雅彦編集委員の名前で書かれています。また、関連記事が同日39面にも掲載されています(その他には、同夕刊12頁、16日社説、36面)。

 特に15日付朝刊トップの記事は、判りにくい記事である上に、基本的な事実誤認があり、関係者の発言などを部分的に引用することにより事実が巧妙に歪曲されていると感じざるをえません。判り難くい記事の内容を補足する形で、更なる解説を出河編集委員が書いているという複雑な構図の記事です。
 
 この構図を見ると、記事の大部分を占める医科学研究所の臨床試験に関するところでは、何らかの法令や指針の違反、人的被害があったとは述べられていないので、記事は解説部分にある出河編集委員の主張を書く為の話題として、医科学研究所を利用しているだけのように思えます。しかし、一般の読者には、「医科学研究所のがんワクチンによる副作用で出血があるようだ。それにもかかわらず、医科学研究所は報告しておらず、医療倫理上問題がある」と思わせるに十分な見出しです。

 なぜこのような記事を書くのか理由は判りませんが、実に巧妙な仕掛けでがんワクチンおよび関連する臨床試験つぶしを意図しているとしか思えません。これまで朝日新聞の野呂論説委員、出河編集委員連盟の取材に対して医科学研究所が真摯に情報を提供したことに対する裏切り行為と感じざるをえません。「事実誤認」関連は医科研HPに掲載しますが、以下のような「取材意図/取材姿勢」にも問題があると考えますのでので、これから述べたいと思います。

その1:前提を無視して構図を変える記事づくり
 記事の中では、ワクチン投与による消化管出血を重大な副作用であるとの印象を与えることを意図して、医科学研究所が提供した情報から記事に載せる事実関係の取捨選択がなされています。
 まず、医科学研究所は朝日新聞社からの取材に対して、「今回のような出血は末期のすい臓がんの場合にはその経過の中で自然に起こりうることであること」を繰り返し説明してきました。それと関連して、和歌山医大で以前に類似の出血について報告があったことも取材への対応のなかで述べています。
 これらは、今回の出血がワクチン投与とは関係なく原疾患の経過の中で起こりうる事象であることを読者が理解するためには必須の情報です。しかし、今回の記事ではまったく無視されています。この情報を提供しない限り、出血がワクチン投与による重大な副作用であると読者は誤解しますし、そのように読者に思わせることにより、「それほど重要なことを医科学研究所は他施設に伝えていない」と批判させる根拠を意図的に作っているという印象を与えざるを得ません。
 事実、今回の記事では「消化管出血例を他施設に伝えていなかった」ということが最も重要な争点として描かれており、厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」では報告義務がないかもしれないが、報告するのが研究者の良心だろうというのが朝日新聞社の主張です(16日3頁社説)。その為には、今回の出血が「通常ではありえない重大な副作用があった」という読者の誤解が不可欠であったと思われます。このことは「他施設の研究者」なる人物による「患者に知らせるべき情報だ」とのコメントによってもサポートされています。進行性すい臓がん患者の消化管出血のリスクは、本来はワクチン投与にかかわらず主治医から説明されるべきことです。取材過程で得た様々な情報から、出河編集委員にとって都合のよいコメントを選んで載せた言わざるを得ません。

その2:「報告義務」と「重篤な有害事象」の根拠のない誤用
 単独施設の臨床試験の場合でも、予想外の異変や、治療の副作用と想定されるような事象があれば、「臨床研究に関する倫理指針」の報告義務の範囲にかかわりなく、速やかに他施設に報告すべきでしょう。
 しかし、日常的に原疾患の進行に伴って起こりうるような事象であり、臨床医であれば誰でもそのリスクを認知しているような情報については、その取り扱いの優先順位をよく考慮してしかるべきだと考えます。煩雑で重要度の低い情報が飛び交っていると、本来、監視すべき重要な兆候を見逃す恐れがあります。この点も出河編集委員・野呂論説委員には何度も説明しましたが、具体的な反論もないまま、報告する責務を怠ったかのような論調の記事にされてしまいました。「重篤な有害事象」とは、「薬剤が投与された方に生じたあらゆる好ましくない医療上のできごとであり、当該薬剤との因果関係については問わない」と国際的に定められています。
 また、「重篤な有害事象」には、「治療のため入院または入院期間の延長が必要となるもの」が含まれており、具体的には、風邪をひいて入院期間が延長された場合でも「重篤な有害事象」に該当します。このことも繰り返し説明しましたが、記事には敢えて書かないことにより「重篤な有害事象」という医学用語を一人歩きさせ、一般読者には「重篤な副作用」が発生したかのように思わせる意図があったと判じざるを得ません。実際に、この目論見が当たっていることは多くの人々のネットでの反応を見れば明らかです。

その3:インパクトのあるキーワードの濫用
 本記事を朝刊のトップに持ってくるためのキーワードとして、人体実験的な医療(臨床試験)、東京大学、医科学研究所、ペプチドワクチン、消化管出血、重篤な有害事象、情報提供をしない医科研、中村祐輔教授名などはインパクトがあります。特に中村教授については当該ワクチンの開発者であり、それを製品化するオンコセラピー社との間で金銭的な私利私欲でつながっているとの想像を誘導しようとする意図が事実誤認に基づいた記事のいたるところに感じられます。
 中村教授はペプチドワクチン開発の全国的な中心人物の一人であり、一面に記事を出すにも十分なネームバリューであります。しかし、本件のペプチド開発者は実は別人であり、特許にも中村教授は関与していません。
 臨床試験に必要な品質でペプチドを作成することは非常に高価であるために、特区としてペプチド供給元となる責任者の立場です。これらの情報も、取材過程で明らかにしてきたにもかかわらず、敢えて事実誤認するのには、何か事情があるのでしょうか。

その4:部分的な言葉の引用
 朝日新聞の取材に対する厚生労働省のコメントとして「早急に伝えるべきだ」との見解が掲載されています。しかし、「因果関係が疑われるとすれば」というよう前置きが通常はあるはずであり、それを削除して引用することにより、医科研の対応に問題があったと厚生労働省が判断したかのようミスリードを演出した可能性があります。

 以上のように、朝日新聞朝刊のトップ記事を書くために、医科学研究所では臨床試験の被験者に不利益をもたらす重大な事象さえ他施設に伝えることなく放置しているというストーリーを医科学研究所が提供した情報の勝手な取捨選択と勝手な事実誤認を結び付けることにより作ったと考えざるを得ません。
 これほどまでしなければならなかった出河編集委員の目的は何なのでしょうか?それが解説として述べられている出河編集委員の主張にあると思われます。出河編集委員はこの解説を1面で書きたい為に、医科学研究所で不適切ながんワクチンの臨床試験が行われたという如何にも大きな悪があるというイメージを仕立て上げなければならなかったのではないかと想像します。
 解説部分では、臨床試験では法的な縛りがないので、患者に伝えられるべき重要な副作用情報が開発者の利害関係によって今回の医科学研究所の例に見られ得るように患者や医療関係者に伝えられないことがあるということを主張し、だから一律に法規制を掛けるべきだという、彼の従来の主張を繰り返しています。適否は別にして、この議論は今回の医科学研究所の例を引くまでもなく成り立つことです。しかし、医科学研究所の臨床試験に対する創作的な記事を書くことにより、医科学研究所の臨床試験のみならず我が国の医療開発に対して強引な急ブレーキを掛けようとしているだけでなく、標準的な治療法を失った多くのがん患者さんが臨床試験に期待せざるを得ない現在の状況をまったく考慮していません。
 このことは自らがん患者である片木美穂さんのMRICへの投稿<http://medg.jp/mt/2010/10/vol-325.html#more>に的確に述べられていると思います。

 今回の朝日新聞の記事を見るとき、かなり昔のことですが、高邁な自然保護の主張を訴えるために自ら沖縄のサンゴ礁に傷つけた事件があったことをつい思い出してしまいます。今回、傷つけられたのは、医科学研究所における臨床試験にかかわる本当の姿であり、医療開発に携わる研究者たちであり、更には新しい医療に希望をつなごうとしている全国の患者の気持ちです。

 法規制論議についてはマスコミの取材と記事についても医療倫理と同様のことが言えるのではないかと思います。沖縄の事件のように事実を捏造して記事を書くのは論外ですが、事実や個人の発言をいったんバラバラにして、あとで断片をつなぎ合わせる手法を用いればかなりの話を創作することは可能です。これらも捏造に近いと思いますが、許せる範囲のものからかなり事実と乖離したグレーなものまであるでしょう。しかし、新聞記事の影響は絶大であり、これで被害が及ぶ人たちのことを考えればキッチリと法的に規制をかけて罰則を整えないと、報道被害をなくすることはできないと言う意見も出てきそうです。しかし、そういった議論があまり健全でないことは言うに及びません。社会には法的な規制がかけにくい先端部分で新しい発展が生まれ、人類に貢献し、社会の健全性が保たれる仕組みとなることも多々あります。無論そこでは関係者の高いモラルと善意が必要であることは言うまでもありません。

 今回の報道では、新しい医療開発に取り組む多くのまじめな研究者・医師が傷つき、多くのがん患者が動揺を感じ、大きな不安を抱えたままとなっている現状を忘れるべきではないでしょう。朝日新聞は10月16日に、「医科学研究所は今回の出血を他施設に伝えるべきであった」という社説をもう一度掲げて、「研究者の良心が問われる」という表題を付けています。良心は自らを振り返りつつ問うべき問題であり、自説を主張するためには手段を選ばない記事を書いた記者の良心はどこに行ったのでしょうか。また、朝日新聞という大組織が今回のような常軌を逸した記事を1面に掲載したことが正しいと判断するのであれば別ですが、そうでなければ社内におけるチェックシステムが機能していないということではないでしょうか。権力を持つ者が自ら作ったストーリーに執着するあまり、大きな過ち犯したケースは大阪地検特捜部であったばかりです。高い専門性の職業にかかわるものとして常に意識すべき問題が改めて提起されたと考えます。

 朝日新聞に対しては今回の報道の十分な検証と事実関係の早期の訂正を求めたいと思います。
-----(引用、終わり)-----

この事件(がん治療ワクチン事件ではなく、朝日の報道事件としての事件)、さらに大きくなりそうな感じ。
posted by machiisha at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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